「大地の子」陸一心

jiseiさんも書いておられたが、この「大地の子」のラストシーン。

三峡下りの船の中で実の父、仲代達也に涙ながらに伝える言葉。

「わたしは、どこの国の子でもありません。大地の子です」。

この頃の上川隆也さんは、どこからみても残留日本人孤児だった。

日本語より中国語の方が似合っていた。

だけど、この方の語学力はすごいと改めて思う。

難しい中国語をほぼ完ぺきに台詞として喋っていた。

前記事の似顔絵があまりにも不出来だったので、これでご勘弁いただきたい。



陸一心.jpg


















ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

jisei
2019年08月25日 14:17
小説『大地の子」の素晴らしいのは作家 山崎豊子さんの構想力、筆力です。全体の構成もそうですが、後半の製鉄所のシーン、宝山製鉄所、新日鉄君水、富士電機千葉工場、自分の仕事とも多少関連があり、実にリアルに描写されており関心させられました。もっとも大変なスタッフのバックアップがあったと伝えられていましたが。山崎豊子の作品は全部読んだような気がします。
ごろー。→jiseiさん
2019年08月25日 21:31
実は、ぼくの兄も千葉の川鉄に勤めていました。
ですから、まだ僕が大学生だった時に、溶鉱炉の見学をさせてくれました。
カラカラの熱風が顔に来た時には恐怖心を抱きました。
ぼくは製造業には勤められないと思ったのは、その時の経験からでした。

山崎豊子さんは、細部にもこだわって、きちんと資料とかを取り寄せたということを聞いたことがあります。
ぼくは、「大地の子」くらいですか。
そういえば、なんでしたっけ、高級参謀のシベリア抑留の話し、あれも読みましたっけ。
jisei
2019年08月26日 11:43
高級参謀、関東軍作戦参謀 瀬島龍三、陸軍士官学校主席卒業『白い荒野』ではなかったですかねぇ、彼ぐらいですよシベリア抑留中に日本とソ連を行き来したのは。
 ソ連は抑留中も日本軍の階級をそっくり利用し統治しました。
 のちに大手商社 伊藤忠 の会長まで行きました。
ごろー。→jiseiさん
2019年08月26日 17:12
そうでしたね、思い出しました。
瀬島龍三さん。
講演会を聞きに行ったことがありました。
やっぱり元軍人らしく、眼光がきりっとされてました。

頭の中もスッキリ整理されている方でした。

ご本人の著作も読んだ覚えがあります。