自作詩「みっともないですよね」

みっともないですよね

いい年した男が母親の死くらいで抜けがらみたいになるなんて

胃に穴が開くような喪失感に悶えるなんて

みんな一度は経験すること

98まで頑張ってくれて、大往生だったということ

苦しみもせず、痛がりもしなかったということ

これ以上ない死に方だったじゃない

みんなわかります

息子からすれば、何の不満もない立派な人生だったということも

覚悟?もしていました

いずれは来る日と

でも、覚悟なんて現実の前にはへなへなと崩れ落ち

出さえしない涙をずっと溜めています

もう、いい加減にしたら…!

はい

みっともないですよね

わかってます


もう49日の案内がきました

あっという間に時間が悲しみをどんどん風化させるのでしょうね


いまは、空の青さが哀しい

ホトトギスのさえずりが哀しい

すっかり花びらを落とした桜が哀しい


いずれは来る日などとスカして言っていた自分が悲しい

覚悟?などと強がっていた自分が悲しい


みっともないですよね

わかってます


画像





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この記事へのコメント

2015年04月13日 01:25
若輩者の自分が言うのもどうかとお思いますが

大往生だって周りの人が軽々しく
言うとしたらそれは違うような
その人の子供じゃなきゃわからない思いがあります

だから、一度だけのごろーさんの思いはそれでいいんです
みっともないですねって思っていただくのも
素直な気持ちでしょうからいいんです

ぼくはみっともないと思ってませんけど
今の気持ちに漂うことが大切な時間だとも思います
まだこもよ
2015年04月13日 08:56
年上の方々の話を聞くと「そのうち 自分もそんな体験をするんだろうなぁ~」と 思うことがあります・・・・。
「みっともない」・・・・貧乏な野球チームですね・・・・・(?)
2015年04月13日 09:57
らん太郎さん、ありがとうございます。
ただただ、ことばが身にしみて嬉しいです。
そう、誰かにそう言ってほしかったのかもしれません。
らん太郎さんのコメントでやっと吹っ切れた気がしています。
ほんとうにありがとうございます。
2015年04月13日 10:02
こもちゃんへ。
「みっともない」、きっと精いっぱい笑わそうとしてくれたんだよね。
でもさぁ、これ、武田鉄也が言っていたのってずいぶん前だよ。
どうせならもうちょっと新しいところで攻めてほしかったな。
でも、ありがとう。こも弟のおかげで少し元気になりました…。
2015年04月13日 10:11
ごろーさん
先ずは ご愁傷様でした!!
私の母は何と68歳で逝きました!
やはり娘としては 立ち直るのに 二年間ばかり掛かりました。ごろーさんは もっと掛かるかな?
抜け殻になるのは 当然です。
今 時間がたっぷり在るから よけいに思われるのかも? 
これが 忙しい壮年期だったら思いも異なるかも?
98歳は大往生!( 簡単には言えませんが )それでも、特に息子にとっては母親の存在は特別なようですね。いっぱい思い出して いっぱい悲しんで・・・。
何年でも 自分が生きて居る限り、その存在は無くならないものかも。
私の存在が 息子たちにとって そういう存在なのかなぁ~?
忙しい息子たちは そうで無いかも?
近々、岐阜市に住む伯母が 98歳で大往生!
( 一般には そう言います。)
親類は集まって ワイワイガヤガヤ・・・久しぶりに いとこ会やら はとこ会のような賑わいで 盛り上がり。総勢 50人以上!
( 一般の方はお断りした、家族葬でしたが 身内だけで 大した数でした。 )
親類のメンバーが 皆 お年寄りばかりで・・・遠くから来たメンバー 無事帰宅したか心配!
今は お葬式も簡単に済ませる時代になりましたが。
私は・・・ソ~~と死んでいきたいです。
( 失礼いたしました~ )
2015年04月13日 10:52
落ち込みますよね。
他人が何と言っても、そうなります。
後は、時間だけ。
そのうちにお母さんが
励ましてくれます。 いつでも。心の中で。
2015年04月13日 11:03
ハイジママさん、コメントありがとうございます。
うちも母がなるべく質素にと言っていたから、家族葬的にと言っていたのですが、結局はご近所も含め80名近い方が来てくださいました。
ハイジママさんは、そういうお身内なら、そ~~っとはたぶん無理でしょうね。
2015年04月13日 11:12
What's up?さん、励まして下すってありがとうございます。
そうですね、ぼくが生きて偲ぶ限り、母はぼくの胸の中では生き続けているんですものね。
時間が解決してくれるまで、心の傷を空気にさらしておきます。
小枝
2015年04月13日 17:18

>心の傷を空気にさらしておきます。

是非そうなされておいて下さい。
〝傷〟は  ゆっくりと乾燥し
〝そこ〟は やがて
故人のための『扉』へと
変化くれるような気がしています。

 ☆.:*・*:.☆.:*・*:.☆*・*:.☆

苦しいとき 悲しいとき
そしてもちろん楽しいときにも。
目視できる姿を失った代わりに
亡き父や母は その扉を通じ
記憶の温もりを以って
優しく逢いに
来てくれるようになりました。
四無量心(その扉の形成までには)の
境地に至るには 私も
しばらく時間を要しましたので
今のごろーさんのご心境
ひじょうによく分かります。

時間がゆっくり設える
故人が行き来する為の心の『扉』
ここを通じて穏やかに
またある時は にこやかにさえも
心の対話を交わせる日が
必ず訪れてくれるはず…
そう信じ どうか今しばらく
お待ちになられて居て下さいませ。
2015年04月13日 20:07
小枝さん、何度も励ましていただき申し訳ありません。
小枝さんの優しさに心の痛みも少しづつほぐれております。ほんとうにありがとうございます。
>故人が行き来する為の心の『扉』
ここを通じて穏やかに
またある時は にこやかにさえも
心の対話を交わせる日が
必ず訪れてくれるはず…
ぼくもそう信じて待つことにします。
ほんとうに何度もありがとうございました。

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