短冊小説「残す一大事業は…」

壇上で、その若い評論家はこう言い放った。

「いま、団塊のみなさんに残された一大事業、それは死ぬことです」。

数人の聴衆から笑い声が漏れたが、すぐ固い雰囲気に飲みこまれて行った。

若い評論家は、うろたえてこうつけ加えた。

「ここ、笑うところです。そうじゃないとここから先が話しずらいですから」と。

それからの話は、とても常識的なつまらない話であった。

死ぬまでに何をすべきか、どんな心がけで生活していくべきか、といったものだった。

悟朗は、やっぱり予想した通りの話だったと少し悔いながら、残りの時間をやり過ごそうとしていた。

そのとき、うしろで、同級生のヒデ坊が悟朗の背中をたたいて、小さく「出よう」と言った。

ふたりそっと席を立って、非常口から会場を後にした。

そのとき、大きな笑い声が会場から響いてきた。

もはや、なんの興味もわかなかった。

ヒデ坊は、喫茶店で、コーヒーのカップを置きながら、こう言った。

「オレたち団塊世代は、いつまでこういう扱いを受けるのかねぇ。生まれたときは、ベビーブーム。受験、就職、結婚、昇進。ずっと競争させられ、オレらが迎えるライフステージの時、時に該当する業界が湧いた。
で、われらに残された一大事業は、死ぬことか。最後は、病院と葬式業界が喜んで、われらの役割は終わるってわけだ…。なんだかなぁ…。こうなりゃ、せめてみんなより早く死にたいな。オレは、結婚、遅かっただろ。みんな、結婚のお祝い貧乏になっていた時だったから、来てくれた友達はお前を入れて、三人だった。同じ日の、清水君のところは八人のクラスメイトが行ったって聞いた時、俺も人気者しておくんだったって後悔したからな。ということはさ、次は、香典貧乏にみんな襲われるぞ。だから、今度は、後れを取ってなるものか、一番に死んでやる」

悟朗は、語る言葉もなくただ薄っすらと笑っただけだった。

ヒデ坊は、高校まで優等生だった。

学年でも、常に十番までには名を連ねていた。

だが、彼は受験に失敗した。

防衛医大も九大医学部も早稲田の理工学部もみんな落ちた。

一年、浪人したのだが、やはりだめだった。

結局、国立二期の地方大学の工学部に進学した。

みんなは、付き合っていた彼女の雅恵が災いしたのだと噂した。

地方大学に行くことが決まった春の日、雅恵から悟朗に電話があった。

食事をし、彼女と渋谷のバーで呑んだ。

「ヒデ君、今年もダメだったみたいね。医者になれないやつに興味はないわ」。

酔いながら、呪詛の言葉を吐き続けた。

その夜、悟朗は雅恵と一夜を共にした。

だけど、それからはとうとう一度も会うことはなかった。

悟朗の方で、親友のヒデに悪いと思ったからだ。

幼稚園からずっと一緒だった親友だ。

黙してわからぬ過ちならば、男は、親友とのきずなを大切にする。

だから、ヒデには、もちろん、それ以降、雅恵とのことはおくびにも出していない。

もうあれから50年近い歳月が流れている。

それでも、秘密を明かすことはない。

知らない方が幸せなことだって結構ある。

悟朗は、帰り道、公園からの景色を見ながら思っていた。

一口に団塊の世代って、ひとまとめにされるけど、これまでも人それぞれ違った経験を重ねてきた。

きっと、これからもそうだ。

「死に方」だって、それぞれだろう。

悟朗は思う。

「ぼくに残された一大事業は、とりあえず、壊れかかっている屋根をどうするか?だ」と。

そう思ったときに、急に夏空の青が多くなった気がした。


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