独り者の恐怖

テレビの「しくじり先生」で、高橋ジョージが出ていた。

そして、三船美佳との離婚の顛末を語っていた。

まぁ、こういう話は一方からだけの話では、本当のところはなかなか分からない。

特に男女の行き違いは真相が深い。

ぼくの友人、知人が何人か離婚騒ぎを起こしたが、多くが男側だけの情報で、相手側の言い分を聞くことはない。

みんなの感想も「そんな悪い女だったらしょうがなかったな…」になるのだが。

ところが、意外なつながりで、相手側の言い分を聞くことができることがあったが、「へ―――ッ」と思うことが多かった。

同じことでも、こっちと向こうで見る景色はえらく違うのだ。

ま、この時もそういう半信半疑の思いで見ていたが、離婚後の独り身の辛さは、身につまされた。

一緒に見ていた家内が、「どうよ」って顔で何度も僕の顔をのぞいてくる。

ぼくも家内に逃げられたら、その日から冷凍食品か外食になるだろう。

部屋もあっという間にゴミの山と化していくだろう。

そして、確かに、異性とのかかわりはまったく期待できなくなるだろう。

いち、いち、そうだろうなという言葉に胸がつぶされた。

例えば、料理。

できるできないではなく、食事に対する執念が年取ると希薄になる。

親父が、年取ると食が細くなって、食べんでよくなる。

そう言っていたが、本当にそうだ。

一人前を家内と半分づつにしてちょうどいいくらいになった。

高橋ジョージじゃなくても、自炊はどんどんしなくなるだろう。

離婚じゃなくても、その恐怖があることに改めて怯えた次第である。

お風呂に入るたびに、孤独死を考える。

実際に、体験したことがないと吐けない台詞である。

平幹二郎も実は、生前、何度もそういうことを想起したのかもしれない。

「しくじり先生」、ぼくも出て語れそうなくらいへまをいくつもやってきたが、見るたびに思う。

本当にためになるなと。
















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