自作詩「おかあさまへ」

おかあさま、おかあさま

98の弱った体を横たえているおかあさま

あんなに嫌がっていた鼻の管をつけ

手には二本の点滴を打たれている


おかあさま、おかあさま

うつろな目を開けて、かすれた声でこう言ったね

この頃は、ちゃんと食べてるかい?って

もう、おれ67だよ、虚弱児だったぼくじゃないんだよ


おかあさま、おかあさま

ぼくね、小学校の時、ともだちに笑われたことがあった

お前、おかあさまって呼んでんの?って

すごく恥ずかしくてね、どうしてうちは、「かあちゃん」じゃないんだろうって、思ったよ


おかあさま、おかあさま

ぼくは、おずおず聞いたよね

でも、おかあさまは笑って答えてくれなかった

姉ちゃんが、うちは海軍士官の家だったから「お父様、お母様」なのって、教えてくれた



おかあさま、おかあさま

ぼくね、おかあさまって呼ぶの好きだよ

好きになるまではずいぶん時間がかかったけど

おかあさまでほんとよかったよ



おかあさま、おかあさま

ぼくは、おなかの中でおかあさまとかくれんぼしたね

(もういいかい? ……まあだだよ)

だから、ぼくは戦争が終わってから生まれたんだよね


おかあさま、おかあさま

ぼくはね、陽だまりの中で笑うおかあさまが大好きだったよ

縁側でいっぱい本を読んでくれ

踏み石に石で書いて、「あいうえお」を教えてくれたよね


おかあさま、おかあさま

ぼくが物置で火遊びをした痕跡を見つけた時

おかあさまは、嘘をついた僕の肩をゆさぶった

「誰が見てなくても、神様だけはちゃんと見てるからね」って、そう言った


おかあさま、おかあさま

ぼくが小学一年生になった時

萩の尾公園で写真を撮りましたよね

袖を引っ張るぼくは、おかあさまの着物の匂いが好きでした


おかあさま、おかあさま

ぼくは、生まれてすぐ、高熱で死の境を迷ったそうですね

死なせてはならぬ子眞夜は春遠く

おとうさまがお医者さんでよかったよ


おかあさま、おかあさま

今度の5月で満99歳だね

それまで頑張ってほしいと思ってきたけど、もう無理かな

いいんだよ、もう十分頑張ってくれたんだから



おかあさま、おかあさま

何か夢を見てますね

戦争中に亡くした二人の子供たちの夢?

それとも、お父様と暮らした離島の診療所の夢?


おかあさま、おかあさま

夢を見るなら

楽しかった夢を見てください

幼い孫たちと笑いながら歩いた神戸の夢はどうですか?


おかあさま、おかあさま

心臓をリタルダントさせてください

デクレッシェンド、デクレッシェンド

ゆっくり、ゆっくり時間をかけて


おかあさま、おかあさま

ぼくとかくれんぼしようか

(もういいかい? まあだだよ)

(もういいかい? まあだだよ)

(……………? まあだだよ)



おかあさま、おかあさま

まだ死んじゃいやだ

管つけらるの嫌だろうけど

頑張れるだけ、1分1秒でも長く生きてよ、……ね







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