ちょっとづつずれ始めている自分がいる
最近の土日は、主にアーラ・市民ミュージカルの「君といた夏」の稽古で占められている。
今日も14時~16時まで、農夫のシーンの部分の抜き稽古であった。
正直、もうじき67歳の身体には歌って踊ってはけっこう厳しいものがある。
演劇の場合、いわば身体表現なのだから稽古に入る前にアップと言って、ストレッチみたいな運動がある。
実は、ここでもうギブアップの時が増えた。
というより、アップで頑張って腰を痛めてからというもの反射的に庇う。
ぼくは、足を伸ばしての前屈などは絶対にやらない。
若い人などは、お相撲さんの股割のように床にべったり張り付く。
羨ましいがぼくはやらないであぐら座りで見ている。
ま、そんな調子である。
そして、今日、音楽に合わせて、全員でピタッと動作を合わせるというのをやったが、ぼくだけ微妙に遅れている。
鏡を前に動いているから自分でも、ずれているのがわかる。
歌の途中の合いの手のようなセリフもよく飛ぶ。
意識しているのに動きに気が取られると、忘れてしまう。
「音楽を聞いていない」とか「テンポに乗ろうという気がない」とかきついダメ出しが出ているが、そんなことはない。
要するに、「ちょっとづつずれ始めている自分がいる」のである。
反応が明らかにワンテンポ遅れ始めている。
これが「老い」のなせるワザなのか。
演出のリリアンさんからは、きつくだめ出しされないところをみると、もはや諦められているのかもしれない。
ただ、こういうことで周りのみんなに迷惑がかかるのが辛い。
今はまだいいが、来年、再来年には、みんなに「チッ」と舌打ちされやしないかと怯える。
演劇も反射神経の良さが問われる。
もう数年で、ぼくもちゃんと考えた方がいいかもしれない、そう思う。
今日も14時~16時まで、農夫のシーンの部分の抜き稽古であった。
正直、もうじき67歳の身体には歌って踊ってはけっこう厳しいものがある。
演劇の場合、いわば身体表現なのだから稽古に入る前にアップと言って、ストレッチみたいな運動がある。
実は、ここでもうギブアップの時が増えた。
というより、アップで頑張って腰を痛めてからというもの反射的に庇う。
ぼくは、足を伸ばしての前屈などは絶対にやらない。
若い人などは、お相撲さんの股割のように床にべったり張り付く。
羨ましいがぼくはやらないであぐら座りで見ている。
ま、そんな調子である。
そして、今日、音楽に合わせて、全員でピタッと動作を合わせるというのをやったが、ぼくだけ微妙に遅れている。
鏡を前に動いているから自分でも、ずれているのがわかる。
歌の途中の合いの手のようなセリフもよく飛ぶ。
意識しているのに動きに気が取られると、忘れてしまう。
「音楽を聞いていない」とか「テンポに乗ろうという気がない」とかきついダメ出しが出ているが、そんなことはない。
要するに、「ちょっとづつずれ始めている自分がいる」のである。
反応が明らかにワンテンポ遅れ始めている。
これが「老い」のなせるワザなのか。
演出のリリアンさんからは、きつくだめ出しされないところをみると、もはや諦められているのかもしれない。
ただ、こういうことで周りのみんなに迷惑がかかるのが辛い。
今はまだいいが、来年、再来年には、みんなに「チッ」と舌打ちされやしないかと怯える。
演劇も反射神経の良さが問われる。
もう数年で、ぼくもちゃんと考えた方がいいかもしれない、そう思う。
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