ごろう十番勝負-9
山口茜先生は京都を中心に活動されている演出家である。
年の頃は、30代なかばくらいであろうか…。
面白がるセンスとおもしろがる姿が、大学時代のガールフレンドを彷彿とさせた。
じつは、土曜日だったか、ぼくは帰りしなに、「役者として足りないものは何かを指摘して欲しい」と結構、直球勝負の質問を投げかけてみた。
茜さんは、やや意表をつかれたような、あるいは困惑されたような表情を浮かべられた。
でも、その時、何かをハッキリ決意されたように感じた。
翌日、インプロからの3つのストーリーを台本にされて、われわれに渡された。
ぼくは、どうやら自ら好んで地雷を踏んだかも知れないと思った。
セリフの書きこまれた台本を手にした途端、正直、「あんな事いうんじゃなかった」とかすかな後悔の念を抱いた。
セリフを覚えなきゃ…、強迫観念みたいにそれしか頭にない自分がそこにいた。
ぼくにとって、まずセリフを自分のものにする作業こそが演技の第一歩である。
この格闘で相当ヘタる。
今回、発表会前の演技指導などを頂いて、やはり女性の演出家は細かな心理描写を演技に求めることを知った。
そういう事でいえば、柴さんなどは役者にはそんな事は一切求めてなかったようにさえ感じる。
むしろ、そういう考えた演技が生み出す変な間を極端に嫌われていたと思う。
演出家によって、役者に求めるものは当然違ってくるのであろうが、それでもいい役者は多分、柔軟にその要求を受け入れてきちんと消化するのであろう。
たかが5日間のワークショップの発表会ですら、茜さんの要求をひとつも出来なかったそのことで、茜先生はぼくに足りないことが何かを明確に指し示されたのだ。
その反省から、下手くその旅はまだまだ相当続くと思い知らされたのが今回の最大の収穫であった。
年の頃は、30代なかばくらいであろうか…。
面白がるセンスとおもしろがる姿が、大学時代のガールフレンドを彷彿とさせた。
じつは、土曜日だったか、ぼくは帰りしなに、「役者として足りないものは何かを指摘して欲しい」と結構、直球勝負の質問を投げかけてみた。
茜さんは、やや意表をつかれたような、あるいは困惑されたような表情を浮かべられた。
でも、その時、何かをハッキリ決意されたように感じた。
翌日、インプロからの3つのストーリーを台本にされて、われわれに渡された。
ぼくは、どうやら自ら好んで地雷を踏んだかも知れないと思った。
セリフの書きこまれた台本を手にした途端、正直、「あんな事いうんじゃなかった」とかすかな後悔の念を抱いた。
セリフを覚えなきゃ…、強迫観念みたいにそれしか頭にない自分がそこにいた。
ぼくにとって、まずセリフを自分のものにする作業こそが演技の第一歩である。
この格闘で相当ヘタる。
今回、発表会前の演技指導などを頂いて、やはり女性の演出家は細かな心理描写を演技に求めることを知った。
そういう事でいえば、柴さんなどは役者にはそんな事は一切求めてなかったようにさえ感じる。
むしろ、そういう考えた演技が生み出す変な間を極端に嫌われていたと思う。
演出家によって、役者に求めるものは当然違ってくるのであろうが、それでもいい役者は多分、柔軟にその要求を受け入れてきちんと消化するのであろう。
たかが5日間のワークショップの発表会ですら、茜さんの要求をひとつも出来なかったそのことで、茜先生はぼくに足りないことが何かを明確に指し示されたのだ。
その反省から、下手くその旅はまだまだ相当続くと思い知らされたのが今回の最大の収穫であった。
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