戯れせんとや-24

実は、私事で恐縮だが、ぼくの下の娘の描いた絵が「春の院展」に初入選して、昨日から名古屋松坂屋に展示されている。
愛知芸術大学の日本画を出て、大学院に残って絵を描いていたのだが、院展にはなかなか入らなかった。
結局、プラダJAPANにお勤めしたのだが、おかしなもので慌ただしく勤めの合間を縫って描いた絵が初入選した。わが家では、念願の朗報ゆえに家内の方の祖母が九州の佐賀から出てきたりといささか騒がしい。

どうしてこんなことから書き始めたかというと、親としてちょっとだけ宣伝したい気持ちがあることは否定しないが、じつは娘の初個展もアーラであった。ここでぼくが受付をやっていたとき、ふらりと見に来てくださったのが篭橋事務局長だった。優しい目をして熱心にご覧頂いたので、すごく印象に残っている。

絵画であれ、演劇であれ、芸術・文化活動は籠橋さんのような優しい視線の中で見守るべきである。
権威に認めてもらうということで日本画の場合なら「院展」、あるいは「日展」、戯曲なら「岸田國士戯曲賞」…などを目指すのだが、だからと言って点数のつけようは人さまざまなのだからどこまでいってもあくまで肩書きでしかない。
フジコ・ヘミングさんなどは少女時代にもらったこうした肩書きにむしろ苦しんだと述懐されているから、作家、演奏家を名乗る人は肩書きで仕事をしてはいけないのだろう。一生、実力を磨くしかないのだ。

アマチュアとの比較では「お金をもらうからプロ」かも知れないが、必ずしも「お金をもらうからプロの仕事」とは言えない。その意味で、アマチュアかプロかは、本人の気持ち次第なのだとぼくは思う。
ただ、アマチュアとプロの差は、むしろプロの方が圧倒的に厳しい立場にあると言って過言ではない。
アマチュアのピッチャーはどれだけ打たれても不振が続いてもゴメンで済むが、プロはちょっとでもプロらしさを失うと首になる。そして、永久にその立場には戻れない。

だから、ぼくはアマチュアの方がプロよりむしろ自戒すべきだと思っている。
「下手が上手な人に迷惑をかけてはいけない」「下手が努力を惜しんではいけない」「下手が指示をしてはいけない」
「下手が下積みの仕事をさせられるのは当然である」「下手はいつまでも下手に甘んじてはいけない」
ぼくの定めているアマチュア五原則である。

《次回へ続く》

"戯れせんとや-24" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント