加藤登紀子さん

加藤登紀子.jpg



YouTubeで、懐かしい70年代のフォークを聞いていたら、この方のものがあった。

久しぶりの歌がいくつか出て来て、懐かしかった。

「ひとり寝の子守唄」「知床旅情」「少年は街を出る」「愛の暮らし」「リリー・マルレーン」…。

この方の歌を聞くと、思い出す風景がある。

機動隊に蹴散らされてバラバラになった学生たちが、東京の夕景にシルエットで浮かび上がっていた。

みんな疲れ果てて、道路わきなどに座り込んでいた。

その時、一人の女子学生が「ひとり寝の子守唄」を口ずさみだした。

いつのまにか、静かな合唱になり、泣いている学生もいた。

場所は神田だったのだろうか、見上げると、ビルの階上階に一軒の古書屋があった。

ぼくは一人そこに上がっていった。

店主がジロリと眼鏡越しに僕を見た。

「いらっしゃい」とも何とも言わない。

たまたまほしかった古書を見つけて、夢中で中を確かめた。

探し求めていたこの本に出会うためにここまで来たんじゃないかと運命的なものさえ感じて、興奮した。

そのうち、下で騒ぐ声が聞こえた。

ぼくは、本を買い求めて、店の外に出てみて驚いた。

先ほどまで歌っていた学生たちが機動隊に連行されて行っていた。

歌は、「We shall overcome」に変わっていた。

夕焼け空に連行されて行く大勢の若者たち。

すんでのところで見逃された自分。

手にしている古書の袋がえらく罪深いことのように思えたことを覚えている。

あれから半世紀が過ぎる。

加藤登紀子さんもすっかり年とられてしまった。















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この記事へのコメント

jisei
2021年02月05日 14:14
1969年、1970年のことですね、jiseiは1960年、私鉄の一駅のパスで連日国会に通いました。学生アルバイトの駅員さんも観て見ぬふりでした。
らん太郎。
2021年02月05日 17:43
こういう方に代表されるような
いつまでも心に残る歌が
平成以降、ほんと少なくなりました。
自分が年を喰ったのと
時代背景の変遷で
仕方がないんでしょうけど

1960年代後半は子供
1970年代前半は小学生
近所の大学生に宿題を見てもらった思い出があります。
ごろー。さんよりちょっとだけ下の学年になるのかなぁ、今思えば。

ごろー。→jiseiさん
2021年02月05日 22:48
jiseiさんは、60年安保の世代なんですね。
樺美智子さんが亡くなられたときのデモにも参加されていたんですか?

69,70年って、よくご存知だなぁとググってみましたが、本当にそうですね。
カルチェラタンの時か新宿騒乱か覚えていないのですが、多分、神田での騒ぎだったように思います。
怖いくせにやたら先頭集団にいました。絵に描いたようなバカでした。
ごろー。→らん太郎。さん
2021年02月05日 22:56
いまの鬼滅の歌も50年経てば、いい曲扱いされるのですかね?

そうですか、まだ小学生でしたか。
あの頃から塾講師していたらいじめてやったのになぁ。
いまじゃ怖くて、頭なんかこずけませんが、その頃でしたら、腕力で勝てたはずですから。誠に残念です。

あ、それからパイロットのボールペン、謹んでご遠慮申し上げます。
ボールペン、あまり使いませんので。ホントです。
2021年02月06日 08:49
加藤登紀子、おときさんですね。
まだまだ歌っておられますね。
そう安保デモの時代を思い出させる人ですね。
ごろー。→What's up?さん
2021年02月06日 10:34
団塊世代と学生運動はセットですからね。
青春の大切なエネルギーを実体のないものにつぎ込み過ぎました。

イデオロギーなどというものは、誠に屁みたいなものです。

本来浮かれるべき時間を暗く重いものにしてしまいました。
この世は不条理なものでできてると思えば、今の政治の在り方を嘆いても詮無いことだと思うのですが。