山岡鉄舟の心境

晴れてよし曇りてもよし富士の山もとの姿は変わらざりけり
                             山岡鉄舟



無心とはどういうことかずっと考えていた。

そして、あぁ、こうなんじゃないかなと思ったのが、この山岡鉄舟の言葉。

こういう境地を無心の境地というのだろう。

山岡鉄舟は、居ずまいを正し、正座したまま息を引き取ったという。

晩年、末期の胃がんでさぞ痛かっただろうに、平然としていたという。

人間、かくありたい。

従容として、自らの死を受け入れる。

そういう最期でありたい。

立派な死にざまだからじゃない。

自分のすべてを飲み込む度量の大きさにあこがれるからだ。

九州鍋島藩の士族の末裔として、こういう価値観を幼いころから植え付けられた。

だから、こういう堂々とした生きざま、そして凛とした死にざまにあこがれる。

時代錯誤?

そうかもしれないが、そういう人間だから仕方がない。

見苦しい死にざまだけはさらしたくない。

でも、いままでどれだけ覚悟しても、できてこなかった情けない男である。

出来ないとは思うが、努めたい。

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この記事へのコメント

2016年09月04日 11:24
「正座で 亡くなる」…そんな事が できるのか? (でも「即身仏」は「あぐら」のままか?…)
2016年09月04日 22:26
うん、そう思うよね。
おいらも、いちばん最初、そう思った。
でも、むかしの武士だったら、それくらいのことできそう。

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