母の旅立ち

母が亡くなりました。

98歳と11カ月、数えで100歳でした。

長生きしてくれたと思います。

でも、いくつになっても心やさしい肉親が亡くなることは、辛いことです。

お悔やみの言葉で「ご心痛」と言いますが、まさに心が痛みました。


ぼくは、この年で初めて、人が死んでいくさまをずっと見守りました。

死ぬということはどういうことなのか、母が最後に身を持って教えてくれたパフォーマンスでした。

母は最後の最後まで死に抗いつづけました。

今晩が山という夜をふた晩も乗り越えてくれました。

そのさまでわかりました。

天命を全うして死ぬことは決して苦しくもないし、怖くないと。

人間、みな最期は来るのです。


人はいつの間にか生きてこの世に存在しています。

これと同じように、死んでもいつの間にかあの世にいるのでしょう。

この間、あたかも自分の力で生きているように勘違いしていますが、天によって生かされてるのです。

どんなことをしても、言っても、神にすがろうとすがるまいと死ぬ時が来たら死ぬんです。

だから生きている今を大事に生きなくてはいけないのです。


カタチあるものはいずれは壊れる。

命あるものは、いずれは絶える。

だからこそ、カタチある時が、命ある時が大事なんです。


病院泊2日、斎場泊2日。

長い一週間が過ぎました。

骨壷を抱いて帰り、ずっと付き合ってくださった親類と食事会をして、すべての行事が終わりました。


人間、哀しすぎると却って涙はこぼれず、胃に穴があいたような悲壮感だけに満たされるものです。

今日、母が残してくれた紫陽花の油絵を家に飾りました。

紫色が好きな母でした。

家の前の桜並木は半分ほどの花びらを落として、道は雪のように真っ白です。

願わくば、花の下にて春死なん、母がその昔教えてくれたのですが、ひょっとしたらそう願っていたのかもしれません。










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この記事へのコメント

2015年04月08日 00:32
お母様の御逝去をお悼みし
ここに慎んで
お悔やみを申しあげます。

私の母は既に27年前に他界。
生きていてくれたならば
3月3日で満九十九歳でした。

先立ってのごろーさんの詩、
拝読し つつ目が潤みました。
幾つになろうとも
親には生きていてほしい。
今も変わらずにそう思う自分がいます。

改めまして
お母様の御冥福を
心よりお祈り申しあげます。
2015年04月08日 09:43
悲しいお別れ、さぞ、おつらいことでしょう、天寿を全うされた様子、心から冥福をお祈りいたします。

母親は息子にとって特に特別な存在ですよね。 慈母といいますが、いつくしんでくれた人ですね。
生かされている。 本当にそう思います。
2015年04月08日 12:52
ご愁傷さまでございます。

私のブログの写真を観て母上がお好きだったと、カタクリと土手の桜の写真でお書きいただきました。お好きであることをご存じであるということは、それだけ親しく接しておられたということだと思います。

こうして送られたお母様も幸せであると同時に見送られたごろーさんも幸せだと思います。
2015年04月08日 17:35
お母さまのご冥福を、心からお祈り申し上げます。

お母様とごろーさんのきずなの強さが、文章のはしばしからうかがわれます。子どもの心にこんな温かい思い出を残して旅立たれたお母さまは、本当にご立派ですね。
子どもを持つ母として、私も見習わねばと思いました。
親しい人が亡くなることはとてもつらいことだけど・・・ごろーさんがおっしゃるとおり、人はみな最期を迎えるものであり いつかはまた会えるのだ、と近頃の私は思ったりしております。
2015年04月08日 23:23
愛知県生まれの母、86歳で健在です
当たり前のように一緒に住んでます
しみじみ思いました
これからも大切にします
2015年04月09日 11:19
小枝さん、早速にご丁寧なお悔やみありがとうございます。言ってみれば、ぼくは小枝さんより27年近く母との時間をもらったのですが、結局、無駄遣いしてしまったようです。そのことが悔やまれて仕方ありません。
死んでから悔やんでもしょうがないのですが。
2015年04月09日 11:24
What's up?さん、ぼくは、母が生きている間、こういう忌み事は極力忌避しようとして、母の死後のことなど、縁起でもないと話すことを嫌がりました。
でも、縁起でもないことこそしっかり話しておかなくてはいけなかったといまさらながら思っています。
兄がそれとなく聞いてくれていたので助かりましたが、ぼくはそういう頑ななところで大きな親不孝をずっと重ねていたのだと思います。
2015年04月09日 11:30
茜雲さん、お悔やみ、ありがとうございます。
ほんと、あの綺麗なかたくりの写真を見せてやれなかったのは残念で仕方ありません。一日遅れました。
でも、孫たちのふたつの大きないいニュースを直前に知らせることが出来て、よかったと思っています。
「ありがとう、ありがとう。よかったね」と言っていたそうです。それが、最後の言葉だったのかもしれません。
2015年04月09日 11:36
キーブーさん、有り難いお悔やみのお言葉、身に沁みました。そうですね、一日も早く立ち直らねばと思います。
母は、ひと言でいうと、とにかく愛情深い人でした。
ぼくの同級生やご近所の方たちまでが、親しんでくれたのはそのためだったと思います。
不良息子だったからこそ心の中の喪失感はなかなか消えそうにありません。
2015年04月09日 11:44
らん太郎さん、どうか御母上を大事にお暮らしください。生きていらっしゃる間の日々が宝石のように貴重な日々なんですから。今度、ぼくが思ったことは、親孝行って、特別なことをすることではなく、いろんな話をいっぱいしておくことだと思います。
炊飯姫
2015年04月11日 19:56
お母さまのご冥福を、心からお祈り申し上げます。
母親というのは、本当に尊い存在ですよね。
今、私には実母と義母、愛情深い母が二人おりますが
どちらも大切にしたいです。

ごろーさん、今はお辛いと思いますが、無理に立ち直ろうとせず、
泣きたい時に思いっきり泣いて、
少しずつ、元気を取り戻してくださいね。

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