短冊小説「悠々自適」

わたしの名前ですか…?

ハッキリした名前はないのですが、「容子ちゃんの砂糖入れ」と呼ばれています。

明確にわたしに向かって、そう呼ぶ人はいません。

でも、「あれ、どこに行った?」、「あ~、容子ちゃんの砂糖入れ?」…。

会話で例えると、そんな感じですかね。

それ、やっぱり名前でしょう?

わたし?

もともとは、佐賀県の有田町で生まれました。

えーっと、家族は、コーヒー茶碗3個、ソーサー3個、陶器のスプーン、そしてわたしの5人兄弟でした。

わたしたちは、立派な木箱にセットされ、日本橋高島屋という一流のデパートの店頭に並べられたのです。

わたしたちを作ってくれた会社は、磁器の食器ではとても有名なところでしたので、「宮内庁御用達」という称号が与えられていました。

そう、あれはもう40年も前のことです。

わたしたちは、キラキラ輝いて一流デパートに並べられる幸せを満喫していました。

あの頃がわたしたちの絶頂期だったように思います。

ある日、容子さんという可愛い女性が来て、わたしたちを買ってくれました。

「これはお高いので、同じコーヒー茶碗セットならこちらの方がお勧めですよ」という店員の声も聞かず、すぐ「いえ、このセットがほしいのです」と言ってくれました。

しばらく、包装されたまま容子さんの家で過ごしたのですが、大安の日、容子さんは朝からおめかしをして、わたしたちを一緒に連れて行ってくれました。

そこは結婚式場でした。

そこで私たちは、大原夫妻の家にもらわれていくことになったのです。

昭二さんは、「ごめんね、容子ちゃん。散財かけちゃって」と言っていました。

わたしたちは、大原家で初めて奥様にお目にかかりました。

「まぁ、素敵なコーヒーセットね。絵柄が可愛いわ」、新妻の奥様はたいそう気に入ってくださいました。

だから大原家でもわたしたち兄弟は、丁寧に取り扱われました。

お客様がいらっしゃった時とか、結婚記念日とかだけに使われました。

幸せな日々でした。

でも、ここの坊やたちが大きくなるにつれ、最初にスプーンさんが落とされて壊れ、コーヒー茶碗やソーサーさんたちも投げたボールでいっぺんに割れたりして、少しづつあの世に去って行ってしまいました。

そして、とうとう今では私一人が生き残っているのです。

10年ほど前に、別のコーヒー茶碗セットが大原家に来たので、わたしは食卓で角砂糖を入れる仕事から解放されました。

今では、食器棚の奥でひっそり余生を送っています。

みんなは、「悠々自適でいいですね」なんて言いますが、わたしはまだまだ働けるのにって思っています。

わたし、液体状のものを入れられたことがないのです。

ジャムとかで構わないから一度入れてほしいなというのがわたしの夢です。

でも、多分このまま奥でひっそり生きて行くのでしょうね。

あのね、わたし、小さな秘密を知っているんですよ。

実はね、高島屋に並べられている頃、若い男女がわたしたちを見てこんな会話をしていたんです。

「素敵な食器ね」

「F製磁か…、ぼくの友人にF君っていうのが居てね、ここの息子だった」

「わたし、結婚したらこういう高い素敵な食器と暮らしたいわ」

「そう、だったら、容子ちゃんが結婚したらこれをプレゼントするね」

「ほんと!」

でも、先に昭二君の方が結婚しちゃった…。

容子さんはしばらくショックだったみたい。

それ知ってるの、わたしだけなの。

うん、もうひとり、奥様も薄々感じていたかもしれない。

わたしの兄弟があの世に旅立つたびに、どこか考え込んでいる様子だったもの。

旦那様もわたしが最後になった時、奥様のそんな気持ちを感じたのかもしれない。

珍しいことに、旦那さまが新しいコーヒーセットを買って来られた。

そして、わたしはお役御免になったというわけ。

旦那さまが、わたしを手に取ってじっと見られることもうんとなくなりました。

それはそれでよかったのかもしれません。

もう皆さん、還暦は越えられたのですから…。



ね。



















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この記事へのコメント

2015年01月12日 09:57
有田焼の砂糖いれチャンのお話ですね。
容子さんのその後が気になりますね。
昔の思い出の品物と積み重ねた年齢。
我が家にもあるかな?
2015年01月12日 18:06
What's up?さん、容子さんは砂糖入れのご主人の友人の方と結婚されました。幸せにお過ごしです。
実は、これ、小夏塾の器の履歴書を書くというワークをやったので備忘録的に書きました。
2015年01月13日 07:19
高級な食器はありませんけど
昔ちやほやされて出番がなくなったものや
片方だけで登場する機械がなくなったものならあるかも知れません。
だいたい食器棚などまじまじ見たことがありませんから
この機会にちょっと…

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