短冊小説「鬼の面」

昨年。

青木健三が会社から帰ってみると、テーブルの上にえらく立派な鬼の面が置いてあった。

見るからに高そうなお面が無造作にテーブルの上にポツンと置いてある。

健三はお面の「赤いより紐」の先の「房」を見て、ますます怪訝そうに首をかしげた。

一月末だから節分用に置いてあるのかもと思ったが、それにしてもいかにも立派すぎる。

そこに妻の香苗がいつものようにバタバタけたたましい靴音を響かせながら帰ってきた。

「アラ、もう帰ってたの…」

そう言いながら食料品がいっぱいの買い物袋をテーブルの上にドサッと置いた。

健三はびっくりしたようにお面を取って、反対側に避難させた。

「それね、柴田さんのおじいさんが持っていたお面なんだって…」

「柴田さんって、あの偏屈じいさんの…?いや、あのじいさん秋に亡くなったんじゃないの?」

「そうなのよ、それがさ、わたちたちのシニアサロンのお仲間で今度、読み聞かせの劇をやるんだけど、その時、鬼が出てくるわけ。で、鬼の面を探してたら、柴田さんのおばあさんが持って来てくださったのよ」

「ふーん」

「何でも、柴田のおじいさんって、松崎のお面作りの名人に習いに行ってたみたいね」

「ちょっと待てよ、松崎の名人って、あの有名な…?文化勲章とかもらった人だろ?」

「そうよ。その名人にもらってきたのがこのお面なんだって。畏れ多くて使えませんって辞退したんだけど、『いいのよ、主人も死んじゃって家に置いてても役に立たないからどうぞどうぞ』って、置いて行かれたの」

「いや、返した方がいいよ。これ結構高価なもんだと思うぜ。傷なんかつけたらエライことだよ…!」

「それがさ、柴田のおばあちゃん、うちの後に沢井さんのお宅に行かれて、急に具合悪くなって、救急車で入院されたの。だから、返しにも行けなくなっちゃって」

「そうか…。でも、こんなところにポッと置いとくのはいくらなんでもダメだろ」

「片づけるって言ってもさ、どこに管理しとけばいいと思う?」

確かに、健三の家には高価なお面を置いておく適当な場所はなかった。

結局、床の間の掛け軸のフックに暫し一緒に掛けておくことにした。

虎の絵の掛け軸のうえで真っ赤な顔の鬼が無念そうにこっちを見ていた。

その年、節分の日に孫たちが遊びに来ることになった。

健三はこのお面で鬼を演じることにした。

孫たちに隠れて、面をかぶり、大げさな動作で出ていった。

孫たちは、一瞬声を失い、二人とも大泣きして母親の背中に隠れた。

その後は阿鼻叫喚になったのだった。

そんなことがあった一週間後、元大学教授だった久保川さんが健三を訪ねてきた。

健三は久保川さんならと思い、そのお面を見せた。

久保川さんの驚きは尋常なものではなかった。

「いや、これは、一級品のお面です。どうでしょう、少なく見積もっても200万円位はするでしょう」

「なんですって、200万円…?」

青木家では、それ以降、木箱に鬼の面をしまって、戸袋の上段に厳重に格納した。

柴田のおばあさんの病状は一進一退で、返却しようにもそれどころではなくなった。

困ったものを預かったわよね…、そう言ってそのまま鬼の面は青木家にある。

健三は、思う。

200万円の面をかぶった節分。

昨年の節分を思い出して健三は一人、思い出し笑いをしていた。

今年も節分が近い。

だが、並みの鬼じゃ畏れ多くて出てこれまい。

2度とない贅沢な節分だったな、と。

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この記事へのコメント

2015年01月30日 11:09
>200万円の面をかぶった節分
そんな体験してみたいですね。
紙のお面しか経験ないです。
どこかにお面のヒントがあったみたいですね?
2015年01月30日 17:17
What's up?さん、鋭い突っ込み、参りました。
そうなんです、先日、演劇仲間のところに鬼のお面が置いてあって、三重の名人が彫ったやつという話でした。その写真素材を探していて、書こうかな…と。

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