リリスの友達 短編戯曲上演会

8月31日。

長久手文化の家で行われた「劇作ユニット§リリスの友達 短編戯曲上演会」を観に行った。

「かむはかり愛知県支部」 作・演出 青山恵

「ハコニワ」 作・演出 山本史子

「リヒバリ」  作・演出 市瀬佳子

「カノジョのはなうた」 作 小林公三枝 演出 青山恵

の4編が上演された。

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4編とも役者さんたちはよく稽古しており、その点での不満は一切なかった。

しかし、この公演はどちらかというと「劇作」の出来に重点があるはずである。

その意味では、相当不満が残った。

ぼくは長年ナレーション原稿を作ってきて、ある信念がある。

それは、音声はよほど注意しないと流れてしまうということである。

手なれた役者さんであればある程ここは注意しないといけない。

映像ならスーパーを入れれば、まだなんとかなる。

でも、芝居でスーパーを入れるわけにはいかない。

演技で、台詞を立てるのは、うっかりすると重要な語句が飛んで消えてしまうからである。

台詞は埋没しやすいのである。

日常の何気ない会話に隠された重要な「血ぬりのメッセージ」とかという案内文が書いてあることがあるが、こういうのはそんなに日常感を出さなくても簡単に隠れてしまう。

それくらい言葉は記憶に引っかからないのである。

言葉が流れて結局何が言いたかった劇なのか、よくわからない不親切な劇は数多い。

そういう抽象度を愛でる不条理感は、偽物だろう。

4作の中では、「カノジョのはなうた」は、きちんと計算された会話劇で面白かった。

披露宴に旦那の元カノを招待するかどうかの一点で会話の山を見事に作り上げていた。

「ハコニワ」「リヒバリ」も一生懸命書いた戯曲には違いないのだろうが、とどのつまり何が言いたい劇なのかが伝わってこなかった。

「ハコニワ」の新美千尋さん、「リヒバリ」の安野多佳、清水ゆかりなどの演技はそれなりに見せてくれたが、結局、尻切れトンボ感はぬぐえなかった。

こうしてみると、台本の出来不出来は大きい。

話の面白くない人の話を我慢して聞かされている、そんな感じの劇はむしろ暴力的でさえある。

ところで。

これが行われた部屋は、舞踏室だった。

長久手文化の家も劇王をやる1Fのステージは高いのだろう。

アーラの演劇練習室よりはうんと広いのだが、天井照明もON、OFFしかなかった。

もっとも、そこでの青色光での明転はなかなか良かった。

でも、やっぱり見る側から言わせてもらえばもうちょっとちゃんとした環境下で芝居はさせてやりたい。

今日もそう思った次第である。









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