短冊小説「物干し台」
「イヤな社長でしたねぇ」、入社3年目の佐々木君が呟いた。
港北技術研究所の正門詰所の警備員が、ジロッとこっちを見たような気がした。
大城は慌てて、足を急がせ、敷地を出た。
「しょうがないだろ、ここの技術を借りなければ、今回計画しているわが社の新商品はできないのだから…」
「でも、絶対、足元見てますよ」、佐々木くんは憤懣やるかたない様子で、吐き捨てるようにそう言った。
若い時は自分もそうだった、大城は若い佐々木を見ながらそう思った。
鈴木謙一、港北技術研究所代表取締役社長。
今、週刊誌などにも取り上げられ始めた、「日本製造業のスティーブ・ジョブズ」、そう呼ばれている男だ。
考え方が独創的で、思わぬものでいくつものヒット商品を生み出している。
「で、わざわざ鈴木社長の生家まで足を運ぶんですか?」
「あぁ、あそこまで言われたら見ないわけにはいかないだろう」
「そうかなぁ、どうせ見たってたいしたものじゃないと思いますけどねぇ…」
週末、大城は千葉の大金まで出かけた。
鈴木謙一の生家はもうなくなっていた。
そもそも旧住所で町名まで新しいものに変わっていた。
交番のあった駅付近まで戻ったりして、さんざん歩き回って、ようやくその近くにたどり着いた。
古い酒屋があったので、訊ねてみた。
中年の女性が応対してくれたが要領を得ない。
諦めて店を出ようとした時に、50絡みの男性が配達から帰ってきた。
「あーー、それ、おねしょのケンちゃんのところだろう」。
彼は、笑いながら通りに出て、懇切丁寧に教えてくれた。
「いや、兄貴の同級生で、ぼくも幼い頃はよくチャンバラごっことかしたものです」
「兄貴の話だと、なんでも、ケンちゃんはたまに現実とバーチャルの区別がつかなくなる子っだったようですよ」
「今でもやけに広い物干し台が屋根の上についてますから、すぐわかるはずです」
その家はすぐにわかった。
坂を上りきった小高い高台の一角に建っていた。
その300mくらい先の眼下に、小学校の校庭が見えた。
大城は、そこまで行って、見上げた瞬間、頬を緩ませ笑い出した。
校庭の角にくると、物干し台が見える。
そこにオネショ地図の布団が干してあったら、目立つことこの上ない。
鈴木謙一は、おねしょをしてしまった翌日はきっと学校に行きたくなかったであろう。
大城も、小学生の時、オネショ地図の布団を発見されてしまったことがある。
「きよちゃん、なに、おねしょしたの?」、あの言葉は今も思い出す。
大城がこの世に生まれて初めて「この世から身を隠してしまいたい」と思った瞬間だった。
「ケンちゃんはたまに現実とバーチャルの区別がつかなくなる子っだったようですよ」、道案内をしてくれた男性の言葉が思い出された。
わかる、大城はそう思った。
自分がおねしょした時も、トイレを探して、陶製のアサガオの前にいることをちゃんと確かめたはずだった。
陶製の冷たい感触まで手には残っていた。
なのに…。
鈴木社長とそんな話が出来たら、きっと盛り上がるだろう、大城は密かにそう思った。
言えるわけはないが…。
鈴木謙一が中学生の時に作ったという水力発電は、確かに今も残っていた。
灌漑用井戸に水を汲み上げる電力システムは坂を落ちていく溝に敷設した発電ローラーでまかなわれていた。
中学生の作ったものとは到底思えなかった。
センダンは双葉より芳しかったのだろう。
大城は、もうすっかり日が落ちてから家に帰り着いた。
そして、会社への報告書を書きしたためた。
「わが社の新製品完成のためには、すぐさま港北技術研究所との業務提携を急ぐべきだと思う」。
その夜、大城は実家のベランダで布団を取り込む夢を見た。
なぜかその脇に、ケンイチ少年が立っていた。
「こうして、高いところから街を見ていると、いろんなことを想像するんだよね」
そして、くるっと背を向けてこう続けた。
「ぼくは、友達って言ったって、嫌なことを平気で言う奴は嫌いさ」
わかるよ。
ビジネスは五分の付き合いでって、こっちがよほど嫌なことを平気で言ってたのかもしれない。
大城は、もう一度きちんと話をしに行こうと決心した。
港北技術研究所の正門詰所の警備員が、ジロッとこっちを見たような気がした。
大城は慌てて、足を急がせ、敷地を出た。
「しょうがないだろ、ここの技術を借りなければ、今回計画しているわが社の新商品はできないのだから…」
「でも、絶対、足元見てますよ」、佐々木くんは憤懣やるかたない様子で、吐き捨てるようにそう言った。
若い時は自分もそうだった、大城は若い佐々木を見ながらそう思った。
鈴木謙一、港北技術研究所代表取締役社長。
今、週刊誌などにも取り上げられ始めた、「日本製造業のスティーブ・ジョブズ」、そう呼ばれている男だ。
考え方が独創的で、思わぬものでいくつものヒット商品を生み出している。
「で、わざわざ鈴木社長の生家まで足を運ぶんですか?」
「あぁ、あそこまで言われたら見ないわけにはいかないだろう」
「そうかなぁ、どうせ見たってたいしたものじゃないと思いますけどねぇ…」
週末、大城は千葉の大金まで出かけた。
鈴木謙一の生家はもうなくなっていた。
そもそも旧住所で町名まで新しいものに変わっていた。
交番のあった駅付近まで戻ったりして、さんざん歩き回って、ようやくその近くにたどり着いた。
古い酒屋があったので、訊ねてみた。
中年の女性が応対してくれたが要領を得ない。
諦めて店を出ようとした時に、50絡みの男性が配達から帰ってきた。
「あーー、それ、おねしょのケンちゃんのところだろう」。
彼は、笑いながら通りに出て、懇切丁寧に教えてくれた。
「いや、兄貴の同級生で、ぼくも幼い頃はよくチャンバラごっことかしたものです」
「兄貴の話だと、なんでも、ケンちゃんはたまに現実とバーチャルの区別がつかなくなる子っだったようですよ」
「今でもやけに広い物干し台が屋根の上についてますから、すぐわかるはずです」
その家はすぐにわかった。
坂を上りきった小高い高台の一角に建っていた。
その300mくらい先の眼下に、小学校の校庭が見えた。
大城は、そこまで行って、見上げた瞬間、頬を緩ませ笑い出した。
校庭の角にくると、物干し台が見える。
そこにオネショ地図の布団が干してあったら、目立つことこの上ない。
鈴木謙一は、おねしょをしてしまった翌日はきっと学校に行きたくなかったであろう。
大城も、小学生の時、オネショ地図の布団を発見されてしまったことがある。
「きよちゃん、なに、おねしょしたの?」、あの言葉は今も思い出す。
大城がこの世に生まれて初めて「この世から身を隠してしまいたい」と思った瞬間だった。
「ケンちゃんはたまに現実とバーチャルの区別がつかなくなる子っだったようですよ」、道案内をしてくれた男性の言葉が思い出された。
わかる、大城はそう思った。
自分がおねしょした時も、トイレを探して、陶製のアサガオの前にいることをちゃんと確かめたはずだった。
陶製の冷たい感触まで手には残っていた。
なのに…。
鈴木社長とそんな話が出来たら、きっと盛り上がるだろう、大城は密かにそう思った。
言えるわけはないが…。
鈴木謙一が中学生の時に作ったという水力発電は、確かに今も残っていた。
灌漑用井戸に水を汲み上げる電力システムは坂を落ちていく溝に敷設した発電ローラーでまかなわれていた。
中学生の作ったものとは到底思えなかった。
センダンは双葉より芳しかったのだろう。
大城は、もうすっかり日が落ちてから家に帰り着いた。
そして、会社への報告書を書きしたためた。
「わが社の新製品完成のためには、すぐさま港北技術研究所との業務提携を急ぐべきだと思う」。
その夜、大城は実家のベランダで布団を取り込む夢を見た。
なぜかその脇に、ケンイチ少年が立っていた。
「こうして、高いところから街を見ていると、いろんなことを想像するんだよね」
そして、くるっと背を向けてこう続けた。
「ぼくは、友達って言ったって、嫌なことを平気で言う奴は嫌いさ」
わかるよ。
ビジネスは五分の付き合いでって、こっちがよほど嫌なことを平気で言ってたのかもしれない。
大城は、もう一度きちんと話をしに行こうと決心した。
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