ごろ-の寝言

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zoom RSS 短冊小説「終電前快速」

<<   作成日時 : 2018/07/11 23:52   >>

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その日は「昇竜デー」だった。

ごろ―は、ドラゴンズの仲間たちとの観戦を終え、JRの電車に乗った。

終電前快速電車。

現役の頃は、これにずいぶん乗ったものだ。

呑んだ時も残業で遅くなった時も、この電車に乗ろうと急いだものだ。

もの凄く混むのだが。

リタイアして10年。

本当に久しぶりでこの電車に乗った。

運よく目の前のサラリーマンが春日井で降りたので、一駅立っただけでごろーは座ることができた。

周りには、若者や疲れ切った老若男女の勤め人が吊革にぶら下がって立っていた。

終電前のつかれた空気が車内に充満していた。

ごろ―は、十数年前のことを思い出していた。

やはりこの終電前快速だった。

同じ車両に乗る一人の若い女の子。

いつも黒いギター・ケースを大事そうに抱いていた。

ごろ―は、この女の子の正体を知っていた。

大曽根駅前のストリートミュージシャンだ。

神咲あおい。

透明感のある甘ったるい歌声は、才能を感じさせた。

1970年代に青春を迎えていれば、すぐにでもデビューできただろう。

実際、オールディーズのCDも出しているようだった。

それと月、水、金の三日間は、東桜のデニーズで給仕のアルバイトをしていた。

仕事上の付き合いで、一番仲のよかったクマちゃんのプロダクションがこのすぐ近くだったのだ。

ある時、クマちゃんと一緒に臨んだコンペで一連のキャンペーン制作を獲ったことがあった。

嬉しかった、その勢いで、彼女に声をかけた。

「君、大曽根で歌ってるでしょう?」

彼女はびっくりした顔でぼくを見たが、悪意のある人間ではなさそうだと思ったのだろう、いかにも営業的な笑顔で頷いてくれた。

それからは、クマちゃんのところに行くときは、デニーズにも顔を出し話しかけた。

大曾根駅で歌っているときには、CDを買い求めたこともあった。

でも、いい年齢のおじさんにそんなことされても内心は、ただ困っていたのかもしれない。

どこまでも営業的な笑顔で応対されていた。

それでもごろ―はなんの不満もなかった。

だが、その彼女が突然姿を消した。

ついに、願い叶ってデビューするのかとしばらくはテレビを注目しつづけた。

だが、そうではなかったみたいだ。

あの冬以降、彼女の歌声も可愛い給仕のユニフォーム姿も全く見なくなったのである。

そういうことがあった。

とはいうものの、そこまで甘美な思い出でもない。

ただそれだけのことだからだ。

けだるさの中でそんなことを思い出しているごろ―の眼に一人の女性が映し出された。

あれから十数年後の彼女だった。

目の前に立っていた「昇竜デー」の派手なユニフォームを着こんだ若者三人がどいた瞬間、そこにあった。

彼女は疲れ切った顔をして目を閉じていた。

ギターケースもなかった。

ごろ―は迷ったが、やはり知らぬ顔をして目を伏せた。

いまさら身の上話を聞いたところでどうなるものでもない。

人生には聞いてはいけない物語だってきっとある。

ごろ―はそう自分に言い聞かせた。

その時間は長いようなすごく短いような時間だったが、いつの間にか終電前快速電車は、多治見に着いた。

十数年の歳月なんてそんなものなのだ。

そう思ってふっと前を見ると、彼女の姿はそこにはなかった。

幻だったのだろうか。

それならそれでいいじゃないか。

ごろ―はそう思って、自分が年老いたと改めて感じたのだった。


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内 容 ニックネーム/日時
多治見に着いたドアから
舞い込んだ風は
数十年前のそれと
同じ風だったのが
当時より丸くなった
背中にくすぐったい

ごろー。の静かなまぼろし。
らん太郎。
2018/07/17 13:41
うひゃっ、こういうコメ、苦手だなぁ。

うん、>ごろー。の静かなまぼろし。
そう言ってしまえば、そうなんですけど。
なんて答えればいいのだろう?
ごろー。→らん太郎。さん
2018/07/17 16:51

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